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神戸地方裁判所 昭和63年(行ウ)9号 判決

原告

草野義雄

友成光吉

右原告ら両名訴訟代理人弁護士

野澤涓

被告

友金信雄

岩下光頌

宝塚市長

正司泰一郎

被告

宝塚市水道事業管理者

樋口健

右被告ら四名訴訟代理人弁護士

色川幸太郎

中山晴久

間石成人

鳥山半六

主文

一  原告らの被告友金信雄及び被告宝塚市長に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告らのその余の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求

一被告友金信雄及び被告岩下光頌は、宝塚市に対し、各自一八九七万九〇〇〇円及びこれに対する昭和六三年六月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告宝塚市長及び被告宝塚市水道事業管理者は、昭和六二年三月二七日に宝塚市水道事業管理者岩下光頌と兵庫県公営企業管理者西川勉との間で締結された負担協定に基づく兵庫県営水道負担金の支払をしてはならない。

第二事案の概要

本件は、宝塚市の住民である原告らが、昭和六二年三月二七日に被告宝塚市水道事業管理者(以下「被告水道事業管理者」という。)と兵庫県公営企業管理者(以下「県公営企業管理者」という。)との間で締結された負担協定(以下「本件協定」という。)に基づく兵庫県営水道(以下「県営水道」という。)負担金の支出は地方財政法四条一項及び地方自治法二三二条の二に違反すると主張して、宝塚市長であった被告友金信雄(以下「被告友金」という。)及び被告水道事業管理者であった被告岩下光頌(以下「被告岩下」という。)各自に対し、被告水道事業管理者が昭和六三年五月六日に本件協定に基づき支出した県営水道負担金一八九七万九〇〇〇円相当の金員を損害賠償として宝塚市に支払うよう求めるとともに、被告宝塚市長(以下「被告市長」という。)及び被告水道事業管理者に対し、それ以降の本件協定に基づく県営水道負担金の支払の差止めを求めた住民訴訟である。

一争いのない事実

1  当事者

原告らは、いずれも宝塚市の住民である。

被告友金は、昭和四六年二月七日以降、宝塚市長の職にあった者であり、被告岩下は、昭和六一年七月一日以降、被告水道事業管理者の職にあった者である。

被告市長は、地方公営企業法七条の二に基づき被告水道事業管理者を任免する権限及び同法一六条に基づき被告水道事業管理者に対して業務の執行について法定の指示をする権限を有している。

2  本件協定の締結

被告水道事業管理者は、昭和六二年三月二七日、県公営企業管理者との間で本件協定を締結したが、その内容は、被告水道事業管理者が県営水道負担金総額一億五一八三万三〇〇〇円を昭和六二年度から昭和六九年度まで各年度均等(ただし、一〇〇〇円未満は昭和六九年度で調整する。)で負担することを予定するものであった。

3  本件協定に基づく県営水道負担金の支出

被告水道事業管理者は、宝塚市が昭和六四年度まで県営水道から給水を受ける予定がなかったけれども、昭和六三年五月六日、本件協定に基づき、昭和六二年度宝塚市水道事業会計予算に計上された県営水道負担金一八九七万九〇〇〇円を支出した。

4  原告らの監査請求

原告らは、昭和六三年三月七日、本件につき宝塚市監査委員に対して地方自治法二四二条に基づく住民監査請求をしたが、右監査委員は、同年五月二日、原告らに対して「措置の必要を認めない。」旨の通知をした。

二争点

1  被告友金及び被告市長が本件訴えにつき被告適格を有するか否か。

2  本件協定に基づく県営水道負担金の支出が地方財政法四条一項及び地方自治法二三二条の二に違反するか否か。

第三争点に対する判断

一争点1について

1  原告らは、次のとおり主張する。

被告市長は、地方公営企業法七条の二、一六条により、被告水道事業管理者を任免し、その業務の執行について必要な指示をする職務権限を有するとともに、同法八条一項に規定された宝塚市水道事業の予算調整権及び議案提出権などを有しているから、被告市長及びその職にあった被告友金は、本件訴えにつき被告適格を有している。

2  被告らは、次のとおり主張する。

宝塚市水道事業については、被告水道事業管理者が地方公営企業法七条、八条によりその業務を執行するとともにその業務の執行に関して宝塚市を代表する権限を有しており、本件協定の締結及びこれに基づく県営水道負担金の負担・支出についても被告水道事業管理者がこれに当たってきた。宝塚市水道事業会計に関する予算については、被告水道事業管理者が同法二四条二項、二五条により予算の原案及び予算に関する説明書を作成するのであり、被告市長は、同法二四条二項によりこの原案に基づき予算を調整して市議会へ提出するにすぎず、これは、地方自治法一四九条により、普通地方公共団体の議会の決議を経べき事案につきその議案を提出することが普通地方公共団体の長の担任する事務とされ、地方公営企業法八条一項二号により、地方公営企業の管理者の権限から除外されていることによるものである。地方自治法二四二条の二所定の住民訴訟において、差止請求の相手方として被告適格を有するのは、差止めの対象とされる行為についてその執行権限を有する「当該執行機関又は職員」であり、代位請求住民訴訟の相手方として被告適格を有するのは、「当該訴訟においてその適否が問題とされている財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者」であって、右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者は被告適格を有しないのである。

被告市長には本件協定に基づく県営水道負担金の支出について被告水道事業管理者に対してその負担・支出を指示する権限がないから、被告市長及びその職にあった被告友金は、本訴各請求につき被告適格を有しない。

3  裁判所の判断は、次のとおりである。

地方公営企業の管理者は、地方公営企業法八条一項各号により地方公共団体の長の権限として留保されたもの及び法令に特別の定めがあるものを除き、地方公営企業の業務を執行し、当該業務の執行に関して当該地方公共団体を代表する権限を有しており(同法七条、八条)、また、同法九条一一号は、管理者は地方公営企業における「出納その他の会計事務を行うこと。」と規定し、同法施行令一八条一項は、「管理者は…地方公営企業の予算を執行するものとする。」と規定していることからすると、地方公営企業における財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するのは地方公営企業の管理者であると解するのが相当である。そして、地方公共団体の長は、地方公営企業の管理者に対して包括的、一般的な指揮監督を行うことはできず、(1)住民の福祉に重大な影響がある業務の執行に関し、住民の福祉を確保するため必要がある場合、(2)地方公営企業の業務と他の事務との調整を図るため必要がある場合に限り、管理者に対して必要な指示をすることができるだけである(同法一六条)。

右のとおりであって、本件協定に基づき県営水道負担金の支出をする権限は、被告水道事業管理者が有しているのである。そして、本件全証拠によっても、被告市長が右権限を被告水道事業管理者から委任を受け、右の支出を命令したと認めるに足る証拠がない。

そうすると、被告市長は、地方自治法二四二条の二第一項一号所定の右の支出の差止請求に関する「当該執行機関」に該当しない。また、同法二四二条の二第一項四号所定の「当該職員」とは、当該財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するとされている者及びこれらの者から権限の委任を受けるなどして右権限を有するに至った者を意味し、その反面右のような権限を有する地位ないし職にあると認められない者はこれに該当しないと解するのが相当であるところ、被告市長の職にあった被告友金は、右に判示したとおり、本件協定に基づき昭和六二年度宝塚市水道事業会計予算に計上された県営水道負担金の支出を行う権限を有していなかったから、右所定の「当該職員」に該当しないというべきである。

もっとも、被告市長は、地方公営企業法七条の二により被告水道事業管理者を任免し、同法一六条により被告水道事業管理者に対して右に判示したような必要な指示をすることができ、同法二四条二項により被告水道事業管理者が作成した原案に基づき市の水道事業の予算を調整して市議会に提出する権限を有しているけれども、右の権限を有するからといって被告市長をもって未だ本件協定に基づき県営水道負担金を支出する権限を法令上本来的に有するものと解することができない。

したがって、原告らの被告友金に対して右支出金の返還を求める代位請求住民訴訟及び被告市長に対して本件協定に基づく県営水道負担金の支出の差止めを求める訴えは、いずれも不適法である。

二争点2について

1  原告らは、次のとおり主張する。

(一) 県営水道事業は、昭和四六年三月三一日に認可された猪名川広域水道事業、昭和四七年に認可された東播広域水道事業及び昭和四八年三月三一日に認可された西播広域水道事業が昭和五二年の水道法の改正を受けて統合され、阪神地域、東播地域、西播地域一三市一二町の市町営水道に対して兵庫県が広域的に用水供給することを目的として設けられ、昭和五五年一月三〇日に認可されたもので、その事業認可を受けた計画水量は、一日最大給水量七五万〇七〇〇立法メートルである。

(二) 県公営企業管理者は、昭和六〇年七月一五日、県用水供給事業の能率かつ健全な在り方について兵庫県水道用水供給事業経営懇談会に意見を求めた。同懇談会は、昭和六一年一二月ころ、「兵庫県水道用水供給事業の経営健全化方策について提言」を公表し、その中で、昭和六〇年度決算では累積欠損金が一五億円余となっており、今後の収支見通しは現行一五五円で推移するとすれば昭和六九年度末に二四六億円の累積欠損金を生じることが見込まれるとして、経営健全化方策につき、(1)経営努力、(2)長期責任水量制、(3)未利用水源に係る資本費の負担、(4)料金改定による対策、(5)特別交付税算入額の繰入、(6)財政措置の強化を挙げた。

県公営企業管理者は、右提言の(3)を受けて、「県の行う用水供給事業は本質的には各市町と兵庫県との共同事業的性格を有するものであるから、兵庫県は各受水市町の水需要に適切に対応し得るよう十分な水源を確保し効率的に用水供給を行う責任を分担し、各受水市町は計画的に配分される一定水量の用水を受水するとともにこれに伴う所要の費用を分担する責任を引き受けるべきである。」として被告水道事業管理者に対して負担金の受諾を求め、同被告は、これを承諾し、県公営企業管理者との間で本件協定を締結した。

(三) 右提言(3)は、県営水道負担金を課することの前提として、計画供水量と実給水量とに大きな隔たりがある場合に少ない給水量で全ての経費を回収しようとすれば料金が高騰するとともに、受水する市町との間に期間的な不公平が生じることになりかねないので、未利用水源に係る資本費の負担を料金以外で別途考える必要があるとしている。

認可を受けた県営水道事業の計画給水量が一日最大給水量七五万〇七〇〇立法メートルであるのに対して昭和六一年当時で一日最大給水量は五万九七三〇立法メートルしかなく計画給水量に対して約八パーセントにすぎない。二四六億円の累積欠損金が見込まれるとされている昭和六九年度の受水見込みでも、一日最大給水量は二五万七九〇〇立法メートルであって計画給水量に対して約三四パーセントにすぎない。このことは、計画給水量そのものが過大な水需要計画であったことを示すものである。

(四) 県営水道事業は、右に述べた過大な水需要予測に基づき、水資源確保のために遠隔地のダム建設を進め、施設も大規模なものとなり、巨額の建設投資を必要とした。そして、右事業の用に供する水道施設の建設資金の大部分は、借入金により賄われたため、その利息は膨大なものとなり、しかも右事業が当初計画に比べて大幅に遅延したためにその建設利息も大幅に増加した。

このように過大な水需要予測に基づく過大なダム建設計画とこれに対する過大な建設投資並びに右事業の大幅遅延による建設利息の増大こそが県営水道事業の赤字の真の原因であって、何ら受水市町が責任を負うべきものではない。

(五) 水道法によれば、水道用水供給事業において、水道用水供給事業者が水道事業者との間で負うべき法律上の義務は、供給契約の定めるところによる供給履行のみであって、共同事業的性格を有するものにつき水道料金以外の負担を引き受けるべきものでない。

宝塚市は、昭和四九年一一月ころ、市の独自事業として、同市内を流れる武庫川支流川下川ダム工事に着工し、総工事費用一三七億二九四三万四〇〇〇円を要して昭和五一年一〇月ころ完成し、その給水量は一日二万六八八一トンが見込まれていて、平成八年度まで宝塚市水道の配水能力が需要を超えることはなく、平成九年度までは県営水道からの受水の必要はない。

宝塚市に対する県営水道からの給水予定は昭和六四年度までなく、平成九年度までも同市が県営水道からの受水を必要としないから、本件協定に基づく県営水道負担金の支出は、県営水道事業の計画・運営の失敗による赤字減らしのためのものである。

なお、県営水道事業は、平成元年度実績では累積利益二一億九六〇〇万円に対して受水市町の県営水道負担金の累積額一八億七五〇〇万円を差し引いても三億二一〇〇万円の黒字になっていた。

したがって、右負担金の支出は、「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要かつ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」と定める地方財政法四条一項に違反するとともに、普通地方公共団体がする寄付又は補助は「その公益上必要がある場合」に限定した地方自治法二三二条の二にも違反する。

2  被告らは、次のとおり主張する。

(一) 県営水道事業が認可を得ている計画給水量が一日最大給水量七五万〇七〇〇立法メートルであるのに対して、昭和六一年度における実給水量が一日五万九七三〇立法メートルであったこと、また、昭和六九年度における予測給水量が昭和六〇年六月時点で二五万七九〇〇立法メートルであることは、原告ら主張のとおりである。

右計画給水量は、計画策定当時に予想された人口の増加や一人当たり水需要量の増加の見込み等の水需要動向調査を基に、受水市町の要望水量や水源開発の可能量との調整が行われた結果、一日最大給水量七五万〇七〇〇立法メートルの事業認可を受けたものであって、過大な水需要予測に基づくものでない。

県営水道の給水実績の伸び悩みの原因は、(1)経済の高度成長から安定成長への移行による経済活動の鈍化に伴う水需要の停滞、(2)オイルショックの結果による省資源、省エネ意識の徹底による節水の強化、(3)渇水時期の節水PRによる節水意識の浸透とその定着化、(4)人口の伸びの鈍化、(5)県営水道の水源開発の遅れによる市町の自己水源の開発等がある。

県営水道事業の工事費の増大とダム完成の遅延は、用地取得の難航や石油ショック後の建設資材の高騰、地質的な制約からの工法変更などによるものであって、過大な水需要予測に基づく過大なダム建設とそれに対する過大な建設投資が県営水道の赤字の原因ではない。

(二) 県公営企業管理者は、兵庫県水道用水供給事業経営懇談会の提言を受けて、被告水道事業管理者を含む各受水市町(合計一三市一二町)に対し、(1)県の行う用水供給事業は本質的には各受水市町と県との共同事業的性格を有するものであるから、県は各受水市町の水需要に適切に対応し得るよう十分な水源を確保して効率的に用水供給を行う責任を分担し、各受水市町は計画的に配分される一定水量の用水を受水するとともにこれに伴う所要の費用を分担する責任を引き受けるべきである、(2)未利用水源に係る資本費一一〇億円の負担につき、特別交付税の繰入れにより軽減した残額一〇〇億円のうち五〇億円を県において負担し、残五〇億円を受水市町が負担する、(3)この受水市町が負担する五〇億円のうちの各市町の負担額は、うち二五億円を各市町の計画受水量の割合により按分し、残二五億円を各市町の計画水量の二分の一から昭和六五年度と昭和六九年度の予定受水量の平均値を差し引いた残量の割合により按分する、との提案をした。被告水道事業管理者は、県公営企業管理者の右提案を受諾し、昭和六二年三月二七日、県公営企業管理者との間で本件協定を締結し、一億五一八三万三〇〇〇円を昭和六二年度から昭和六九年度まで各年度均等で負担する旨を約し、他の右市町も県公営企業管理者との間で同様の負担協定などを締結した。

(三) 宝塚市は、昭和六四年度まで県営水道から給水を受ける予定がないけれども、昭和六五年以降は県営水道からの受水を予定しており、昭和六五年度及び六六年度については、既に県公営企業管理者との間で各年度一日最大給水量を三〇〇〇立法メートルと予定する旨の給水協定を昭和六二年三月二七日付けで締結している。そして、宝塚市は、給水人口を二五万人、一日最大給水量を一二万四三五〇立法メートルとする水道事業計画を樹立し、昭和五六年度からこれを遂行中であるが、そのうち二万五五五〇立法メートルを県営水道からの受水によることを予定している。

宝塚市は、このように将来長期にわたり継続的に県営水道からの受水に頼らざるを得ない事情にあったため、その受水が安定的にかつ適切な料金で行われるよう将来を見越して本件協定を締結し、これに基づき応分の負担金を負担・支出したものであって、それは相当であるというべきである。また、県営水道による水道用水供給事業は、宝塚市を含めた関係市町の要望を主要な契機として実現したものであるが、右各市町が当初予定してた受水開始時期を延期し又は受水量を減少させたことも県営水道の経営悪化の大きな要因となっているので、その欠損金の一部を受水市町で負担することは何ら不当なことでない。

なお、県営水道事業の収支が昭和六三年度以降累積黒字に転じたのは、前記懇談会の提言に基づき昭和六二年度から経営健全化対策として受水市町の負担金支出及び県の一般会計からの繰入れがなされたことによるものであって、受水市町の負担金の支出がなければ累積損益は平成元年度を除いて赤字で推移している。

(四) 水道用水供給事業者が当該水道により給水を受ける者に対して給水契約の定めるところにより水を供給する義務があることは、水道法上当然のことであり(水道法三一条、一五条二項)、水道用水供給事業者から給水を受ける者がその対価として受水量に応じてその都度の水道料金のほかに所要の費用を負担することは、何ら水道法の趣旨に反するものではない。

(五) したがって、被告水道事業管理者が本件協定に基づき県営水道負担金の支出をすることは、地方財政法四条一項及び地方自治法二三二条の二に違反しない。

3  裁判所の判断は、次のとおりである。

(一) 宝塚市における水道事業(〈書証番号略〉、証人辰巳欣朗の証言)

(1) 宝塚市は、昭和二九年四月一日の市制施行後、阪神間のベットタウンとして人口が急激に増加するのに伴い給水需要も急増したため、これに対応すべく数次にわたって水道事業拡張計画を樹立し、新規水源の開発に努めてきたが、自己水源だけでは増加する給水需要に対応することができないおそれがあったので、安定した水源を確保するため同様の問題を抱える周辺市町とともに昭和四四年ころから兵庫県に対して猪名川水系に建設が計画されている一庫ダムを水源として県経営の広域的な水道用水供給事業によって関係市町への水道用水の供給を行うように働きかけていた。

(2) 兵庫県は、右の要請を受け、昭和四六年三月一八日に県公営企業として兵庫県水道用水供給事業を設置して猪名川広域水道を経営することを決定し、これにつき同月三一日に厚生大臣の認可を受けた。

猪名川広域水道は、水資源開発公団により建設予定の一庫ダムを水源とし、計画目標年度の昭和五五年度には宝塚市、尼崎市、伊丹市、川西市、猪名川町の五市町に対して一日最大給水量一六万四一〇〇立法メートルの浄水を供給することを計画していた。

(3) 宝塚市は給水人口二五万人及び一日最大給水量一二万四三五〇立法メートルとする水道拡張事業計画を樹立し、そのうち二万五五五〇立法メートルは県営水道事業より昭和五一年度から給水を受けることを予定していたが、昭和四三年に着工して昭和四九年度に完成を予定されていた一庫ダムの建設が地元住民の反対により大幅に遅れて昭和五一年一二月にようやく着工されるような状態であったので、県営水道からの受水予定時期を先送りする一方、不足分を独自に新水源を開発するなどして補ってきた。

その後、宝塚市は、人口増加の伸び悩み等によって水需要量の増加が鈍化するなどしたため、県営水道の多田浄水場からの受水が先送りとなり、平成二年五月から多田浄水場より一日当たり最大給水量三〇〇〇立法メートルを受水している。宝塚市は、当初、多田浄水場から一日最大給水量二万二七〇〇立法メートルの受水の認可を受けていたが、将来の人口増加に供えて現在は同浄水場から一日最大給水量二万五五五〇立法メートルの受水を申請してその認可を得ている。

(二) 兵庫県水道用水供給事業(〈書証番号略〉)

(1) 兵庫県は、前記のとおり、猪名川広域水道を建設する計画を立て、昭和四六年三月三一日に水道法に基づく厚生大臣の認可を得ていたが、その後、昭和五二年に水道法の改正により広域的水道整備計画に関する規定が設けられたので、瀬戸内東南部地域広域的水道整備計画を策定し、前記猪名川広域水道事業と昭和四七年三月三一日に認可を受けていた東播広域水道事業及び昭和四八年三月三一日に認可を受けていた西播広域水道事業を統合して一三市一二町を対象とする兵庫県水道用水供給事業として一本化することとし、昭和五五年一月三〇日に厚生大臣からその認可を受けた。右事業は、計画策定当時予想された人口の増加や一人当たり需要量の増加の見込み等の水需要動向調査を基に、受水市町の要望水量や水源開発の可能量との調整が行われ、一日最大水量七五万〇七〇〇立法メートルとするものであって、宝塚市は、多田浄水場から一日当たり二万五五五〇立法メートルの受水が計画されていた。

(2) ところが、前記のとおり一庫ダムの建設が地元住民の反対により大幅に遅れて昭和五九年三月に完成したが、県営水道事業の経営収支は、一庫ダムの着工が大幅に遅れたために建設費用やその借入利息が当初計画より増大し、併せて対象各市町への給水実績が当初の計画給水量を大幅に下回ったため給水による料金も計画どおりの収入が得られなかった結果、極めて悪化して昭和六〇年度末には一五億円余の累積欠損金を抱えることが予想された。そこで、県公営企業管理者は、昭和六〇年七月一五日、学識経験者五名、水道事業関係者七名及び関係行政機関職員三名で構成された兵庫県水道用水供給事業経営懇談会に対して県営水道事業の能率的かつ健全な経営のあり方について意見を求めた。

同懇談会は、右の求めに応じて県営水道事業の経営健全化を図るための調査・検討を加えた結果、昭和六一年一二月ころ、水源及び建設費の状況について、一庫ダムほか七つの水源開発を行う計画であるが、用地取得の難航や石油ショック後の建設資材の高騰、地質的な制約からの工法変更などにより工事費の増大とダム完成の大幅な遅れを招き、この影響により、度々の事業計画の変更を余儀無くされ、その結果、資本費の増嵩を来たし、給水原価を押し上げる原因にもなっており、給水量は予測水量に比べ約四〇パーセントと大幅な減少となっているとの見解を示した上、その原因として、(1)経済の高度成長から安定成長への移行による経済活動の鈍化に伴う水需要の停滞、(2)オイルショックの結果、省資源、省エネ意識の徹底による節水の強化、(3)渇水時期の節水PRによる節水意識の浸透とその定着化、(4)人口の伸びの鈍化、(5)県営水道の水源開発の遅れによる受水市町の自己水源の開発等が考えられるが、加えて県営水道からの受水単価が高いため、受水市町において県営水道からの受水は自己水源の不足水量を補完するものであるとの認識が生じて来たことも挙げられると指摘した。そして、右懇談会は、県営水道事業の経営状況につき、給水実績がこれまでの予測水量を大幅に下回ることにより給水収益が伸びないにもかかわらず、給水費用は水源開発に係る支払利息や減価償却費が膨らむことから、経営収支の状況は極めて厳しく、昭和六〇年度決算では、総費用に占める資本費の割合は72.4パーセントであり、累積欠損金は一五億円余となっており、今後の収支見通しでは、今回の給水予測量により算出すれば昭和六九年度までの平均給水原価は212.3円となり、現行料金一五五円で推移するとすれば、昭和六九年度末には二四六億円の累積欠損金が生ずることが見込まれるとの見解を示した。更に、右懇談会は、今後の県営水道事業の経営健全化方策について、(1)これまで単年度責任水量制を採用してきたが、財政基盤の安定確保と受水団体相互間の負担の公平の観点から五か年程度の長期責任水量制の導入も受水市町と十分協議し検討する必要がある、(2)用水供給事業のように需要者が特定できる事業で、計画給水量と実給水量とに大きな隔たりがある場合に、少ない給水量で全ての経費を回収しようとすれば料金が高騰するとともに、受水する市町との間に期間的な不公平が生じかねないので、未利用水源に係る資本費の負担を料金以外で別途考える必要があり、予想累積欠損金二四六億円のうち未利用水源に係る資本費一一〇億円を料金以外の負担とし、県の一般会計等から応分の繰入れを行い、極力受水市町の負担軽減に努めるべきであり、具体的な負担の方法については、県と受水市町双方が十分協議して決定する必要がある、(3)県の一般会計等の繰入分については、現在の制度上、その一部が特別交付税に算入され、財源措置がなされるので、特に当該算入分については水道用水供給繰入れを行い市町負担額の軽減を図ることが望ましい、との提言をした。

(三) 本件協定の締結の経緯(〈書証番号略〉、証人辰巳欣朗の証言、弁論の全趣旨)

(1) 県公営企業管理者は、右懇談会の提言を受けて、各受水市町に対し、県は各受水市町の水需要に適切に対応し得るよう十分な水源を確保し効率的に用水供給を行う責任を負い、各受水市町は計画的に配分される一定水量の用水を受水するとともにこれに伴う所要の費用を分担する責任を引き受けるべきであるとして、未利用水源に係る資本費一一〇億円につき、特別交付税の繰入れにより軽減した残額一〇〇億円のうち五〇億円を県において負担し、残五〇億円を受水市町が負担することとし、この受水市町が負担する五〇億円のうち各受水市町の負担額は、うち二五億円は各受水市町の計画受水量の割合により按分し、残二五億円は各受水市町の計画受水量の二分の一から昭和六五年度と昭和六九年度の予定水量の平均値を差し引いた残量の割合により按分することにしたい旨を提案し、右各受水市町は、県公営企業管理者の右提案を受諾した。

(2) 被告水道事業管理者は、右提案を受諾したことに伴い、宝塚市の市議会の承認を受けた上、県公営企業管理者との間で昭和六二年三月二七日付けで覚書(〈書証番号略〉)、給水協定書(〈書証番号略〉)及び負担協定書(〈書証番号略〉)を取り交わし、将来県営水道から一日最大給水量二万五五五〇立法メートルの受水を予定し、昭和六五年度から県営水道より一日最大給水量三〇〇〇立法メートルを受水することとし、別紙記載の計算式により計算した合計一億五一八三万三〇〇〇円を昭和六二年度から昭和六九年度まで各年度均等(一〇〇〇円未満は昭和六九年度で調整)で負担し、その昭和六二年度分の負担金として一八九七万九〇〇〇円を昭和六三年五月六日に支払った。

(四) 本件協定締結後における県営水道事業の収支(〈書証番号略〉)

前記認定に係る県営水道事業の経営健全化対策が実施された結果、県営水道事業の収支は昭和六三年度から黒字に転じ、その累積利益は、同年度が七億六三〇〇万円、平成元年度が二一億九六〇〇万円、平成二年度が二二億三九〇〇万円、平成三年度が一九億二一〇〇万円となっているが、これは、経営健全化対策費としての県及び受水市町の負担金に負うもので、依然として毎年度の水道自体の費用がその収入を上回っている状態であって、平成三年度以降は単年度損益が赤字に転落することが見込まれている。

(五) 被告水道事業管理者の右負担金の支出が地方財政法四条一項に違反するか否かにつき判断する。

地方財政法四条一項は、「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえてこれを支出してはならない。」と規定しており、その「必要且つ最少の限度」については、個々の経費につき個別具体的に判定されるべきであって、その判定は、広く社会的、政策的ないし経済的見地から総合的になすべきであると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、右(一)ないし(三)で認定したとおり、宝塚市は、人口の増加に伴い給水需要も急増し、将来長期にわたり継続的に県営水道からの受水に頼らざるを得ない事情にあったため、県営水道の未利用水源に係る資本費一一〇億円のうちの五〇億円を他の受水市町とともに負担することとし、他の受水市町との間の公平な負担を期すために宝塚市の将来の県営水道からの一日最大給水量二万五五五〇立法メートルの受水予定と昭和六五年度からの県営水道より一日最大給水量三〇〇〇立法メートルの受水を基礎として按分した合計一億五一八三万三〇〇〇円を昭和六二年度から昭和六九年度まで各年度均等で負担することにし、被告水道事業管理者が県公営企業管理者との間でその旨の本件協定を締結してこれに基づきその負担分を支出したのであって、右負担金の支出は、未だもって宝塚市の水道事業の目的を達成するための必要かつ最少の限度を超えて支出されたものということができないから、地方財政法四条一項に違反しないと解するのが相当である。

もっとも、右(四)で認定したとおり、県営水道事業の収支は昭和六三年度から黒字に転じているが、これは、経営健全化対策費としての県及び受水市町の負担金に負うもので、依然として毎年度の費用が収入を上回っている状態であるから、県営水道事業の収支が昭和六三年度から黒字に転じていることをもってしても、右の判示を覆すに足りない。

なお、水道用水供給事業者は、当該水道により給水を受ける者に対して給水契約の定めるところにより水を供給すべき義務を負っており(水道法三一条、一五条二項)、給水を受ける者がその対価又はこれに準ずるものとして水道料金のほかに受水量に応じて水源開発の費用の一部を負担することは、水道法によって禁じられておらず、同法の趣旨にも反するものではないから、被告水道事業管理者が給水を受ける予定の県営水道事業の未利用水源の資本費の一部を受水予定量に従って本件協定に基づき負担し支出しても水道法に違反しないというべきである。

(六) 本件協定に基づく県営水道負担金の支出が地方自治法二三二条の二に違反するか否かにつき判断する。

地方自治法二三二条の二は、「普通地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄付又は補助をすることができる。」と規定していることからすると、地方公共団体は、公益上必要がない場合、寄付又は補助をすることができないものと解するのが相当である。

右(一)ないし(三)で認定した本件協定締結の経緯及びこれに基づく負担金の趣旨・目的によると、本件協定に基づき被告水道事業管理者が支出する負担金は、実質的には受益者負担の性質を有するものであって、右法条所定の寄付又は補助に該当しないと解するのが相当である。

のみならず、右(一)ないし(三)で認定したとおり、宝塚市は、将来長期にわたり継続的に県営水道からの受水に頼らざるを得ない事情にあったため、県営水道の未利用水源に係る資本費一一〇億円のうちの五〇億円を他の受水市町とともにその間の公平な負担を期するために算出された金額で負担することにし、被告水道事業管理者は、県公営企業管理者との間でその旨の本件協定を締結してこれに基づきその負担金を支出したのであるから、右負担金の支出は、宝塚市の水道事業における将来長期にわたる受水の水源の確保という公益上の必要によるものというべきである。このことは、県営水道からの受水による水道料金が宝塚市の自己水源からの受水による水道料金よりも高額であっても、右の判示を左右するに足りない。

したがって、本件協定に基づく県営水道負担金の支出は、地方自治法二三二条の二に違反しないと解するのが相当である。

第四結論

よって、原告らの被告友金及び被告市長に対する本件各訴えは不適法であるからこれを却下し、原告らの被告岩下及び被告水道事業管理者に対する本件各請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法九三条一項本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官吉野孝義 裁判官北川和郎は、転補につき署名捺印することができない。裁判長裁判官辻忠雄)

別紙

〈算式〉

〈算式の数値〉

① 50億円……未利用水源に係る資本費にうち、受水市町側で負担する合計額

② 25,550……宝塚市の計画受水量

③ 750,700……受水市町全体の計画受水量(各市町の②の合計額)

④ 3,000……宝塚市の昭和65年度の予定受水量

⑤ 11,900……宝塚市の昭和69年度の予定受水量

⑥ 199,450……受水市町全体の分子の合計値

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